何にも知らない『私』の話
純と無垢ifです。
「——、何をしてるの?」
陽に照らされる稲穂の色を込めた髪が揺れ、女性の声に振り返る。切り揃えられた髪先が風に揺れ、御空色の双眸が輝く。
「ちょっと水路見てただけ。お玉杓子が泳いでいたから」
「また?——は好きよね、そういうの」
「見ていて飽きないし、それに好きだから」
そう言って、苔の生えかかった水路を覗き見る。杓子以外にも泳ぐ小魚がちらちらと鱗を反射させ、ぽちゃんと跳ねる。水草に隠れて少女を恐る恐る見つめるものもあり、それを見て薄ら笑う。
「——、上京するんでしょ?折角朝早いのに遅れちゃうわよ?」
「あ、そうだった...」
「そんなにここが好き?って、当たり前よね。幼い頃からずーっとこの町にいるし」
「...うん、ずっと好きだよ、この町。」
着用していたスカートを叩いて汚れを落とし、パーカーのファスナーを下ろす。春の空気が肌を通るのを感じながら深呼吸して、瞼を閉じて開いた。
広がる青空の片隅に映る小さな生き物。例えばゴミと混ざって染まったコピー用紙みたいな。とりあえずこの世の汚い色を全て混ぜたような小さな生き物を一瞥して、そっと避ける。
通り過ぎる生き物に目もくれず、母親の後を追って歩き出す。
「東京の大学受かったんだから、頑張んなさいよ?お父さんもお母さんも応援してるんだから」
「うん、頑張るよ。学びたいこともたくさんあるし、色んなことをしてみたいし...」
「——はいつまで経っても子供みたいねぇ。まぁ、そう言うところが一番の美点ね。」
「お母さん...褒めてるの?それ」
「自分の子供を褒めない親がどこにいるのよ。ほら、早く行くわよ」
はーい、と軽快な声を出して歩き出す。増える生き物達を避けながら、樹々が織りなす道を歩いていく。
「お母さん。」
「ん、なぁに?」
「私、がんばるね。」
そう言ってニカッと笑う少女に、母親が微笑む。追いつくように走って隣に並び、揃って歩く。
そこには、仲睦まじい親子の姿があった。